第280話 ペットロスで仕事に集中できない方へ――出勤できても、頭だけが職場に戻らないとき【東京・保谷駅前こころのクリニック】|保谷駅前こころのクリニック|西東京市「保谷駅」北口すぐの心療内科

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第280話 ペットロスで仕事に集中できない方へ――出勤できても、頭だけが職場に戻らないとき【東京・保谷駅前こころのクリニック】

第280話 ペットロスで仕事に集中できない方へ――出勤できても、頭だけが職場に戻らないとき【東京・保谷駅前こころのクリニック】|保谷駅前こころのクリニック|西東京市「保谷駅」北口すぐの心療内科

2026年5月02日

パソコンの画面には、書きかけのメール。

宛先は入っている。
件名も書いた。

けれど、本文の途中で指が止まっています。

同じ一行を何度も読み直す。
何を書こうとしていたのか、分からなくなる。

隣の席から声をかけられ、慌てて画面を切り替える。

「大丈夫です」

反射的にそう答えます。

出勤はできた。
時間にも遅れていない。
人前では、いつもの顔もつくれている。

それでも、仕事が頭に入ってこない。

ペットを亡くしたあと、「会社には来られているのだから大丈夫」と考える方がいます。

しかし、体が職場に着いたことと、心や頭が仕事へ戻ったことは同じではありません。

仕事中、頭の中に別の画面が開いている

資料を読んでいるのに、亡くなる前の呼吸が浮かぶ。

会議で話を聞いているのに、

「点滴を続けてよかったのか」
「もっと早く病院へ行けばよかったのではないか」

という考えが割り込んでくる。

頭の中では、仕事の画面と、あの子の記憶が同時に開いています。

どちらか一方を閉じようとしても、勝手に戻ってくる。

その状態では、普段なら簡単にできる作業にも時間がかかります。

メールを読み間違える。
約束を忘れる。
数字を入力し直す。
何を取りに来たのか分からなくなる。
相手の話が途中から入ってこない。

「自分の能力が落ちた」と感じるかもしれません。

けれど、頭が怠けているわけではありません。

仕事をしながら、別れの事実を理解しようとする作業が、見えないところで続いているのです。

ペットロスの最中には、仕事を休んでいなくても、頭の一部がずっと喪中です。

介護が終わったあとに、疲れが出ることがある

亡くなる前、介護や通院が続いていた方もいます。

夜中に何度も起きた。
食べられるものを探した。
薬の時間を気にしていた。
仕事中も、留守番カメラを確認していた。
着信があるたび、病院ではないかと胸が鳴った。

その間は、倒れている場合ではありません。

仕事をこなし、病院へ連れて行き、帰宅後は介護をする。

緊張したまま、何日も、何週間も動いていた。

そして亡くなったあと、急に力が抜けます。

介護がなくなったから楽になるのではありません。

張りつめていたものが切れ、初めて疲労を感じることがあります。

周囲には「もう看病は終わった」と見えても、本人の体には、看病していた時間が残っています。

職場で泣かないことに、仕事の力を使い切る

朝礼に出る。
電話に出る。
同僚と昼食を取る。
何気ない会話に笑う。

その一つひとつで、涙が出ないように力を使っている方がいます。

同僚がペットの話を始める。
スマートフォンの待ち受けが一瞬見える。
昼休みに家族から、「お花が届いた」と連絡が来る。

喉が詰まり、目の奥が熱くなる。

トイレへ行って、個室の鍵を閉める。
少しだけ泣き、顔を洗い、何事もなかったように席へ戻る。

こうして一日を終えると、帰宅後には何もできなくなります。

仕事が大変だっただけではありません。

悲しみが漏れないように、一日中、内側から扉を押さえていたのです。

職場で泣かなかった日は、悲しくなかった日ではありません。泣かないために、仕事とは別の力を使った日です。

仕事中に笑うと、罪悪感が出る

誰かの冗談に笑った。

その直後、胸の中に冷たいものが広がることがあります。

「あの子が亡くなったのに、私は笑っている」
「普通に仕事をしている」
「もう忘れ始めているのではないか」

忙しくて数時間思い出さなかったことに気づき、自分を責める方もいます。

けれど、笑えたことは、愛情が薄れた証拠ではありません。

人の心は、悲しみ以外の感情を持ったからといって、前の感情を消去する仕組みにはなっていません。

笑っている時間にも、あの子との年月は残っています。

仕事に集中できた一時間は、忘れていた一時間ではありません。

生きている自分の生活へ、一時的に戻れた一時間です。

仕事のミスを、人格の問題にしない

集中力が落ちているときに大切なのは、気合いを増やすことではありません。

判断が必要な仕事を午前中へ寄せる。
口頭の依頼は短くメモする。
送信前に、宛先と添付だけは確認する。
作業を小さく区切る。
可能なら、重要な判断を一人で抱えない。

いままで不要だった確認が必要になることもあります。

それを「こんなこともできなくなった」と受け取る必要はありません。

悲しみが強い時期に、普段どおりの精度が出ないのは不思議ではないからです。

いま必要なのは、自分の能力を判定することではなく、ミスが起きにくい形へ仕事を一時的に組み直すことです。

体は戻っても、仕事へ戻る時刻は少し遅れる

ペットロスからの回復は、ある朝突然、元どおりになることではありません。

今日はメールを一本書けた。
昨日より会議の内容が入った。
昼休みに泣かずに済んだ。
帰宅後、食事を取れた。

そうした小さな回復が、行ったり来たりしながら積み重なります。

命日や月命日、病院の近くを通った日には、また集中できなくなることもあるでしょう。

それは振り出しに戻ったのではありません。

悲しみには、日付や場所に反応する日があります。

体が職場に戻ったあと、頭と心が少し遅れて戻ってくる。

その時間差を、怠けや能力低下と呼ばないでください。

あなたはいま、仕事をしながら、いなくなった家族のいる生活から、いない生活へ移ろうとしています。

それは、画面には表示されない、もう一つの仕事です。

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