第141話 ペットが亡くなったのに泣けない――涙が出ない自分を、冷たいと思わないために【東京・保谷駅前こころのクリニック】|保谷駅前こころのクリニック|西東京市「保谷駅」北口すぐの心療内科

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第141話 ペットが亡くなったのに泣けない――涙が出ない自分を、冷たいと思わないために【東京・保谷駅前こころのクリニック】

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2026年1月23日

火葬の日にも、涙が出なかった。

家族は泣いている。
自分だけが手続きを確認し、時間を気にしている。

帰宅してからも、普通に食事をした。

「本当に大切だったなら、もっと泣くはずではないか」

今度は、泣けない自分を責め始めます。

泣くことと、愛していたことは同じ指標ではない

涙が止まらない人がいます。

反対に、まったく泣けない人もいます。

人前では泣けず、一人になったときだけ崩れる人。
数か月後、関係のない場面で急に涙が出る人もいます。

涙は、悲しみの表現の一つです。

愛情を測定する量ではありません。

最後まで役割を担っていた人は、止まりにくい

治療を決めた。
家族へ説明した。
火葬を手配した。
費用を支払った。

最後まで「自分がしっかりしなければ」と動いていた方は、亡くなったあとも役割から降りられないことがあります。

泣けば崩れてしまう気がする。

だから、心が一時的に感情を遠ざける。

それは冷たさではなく、その時期を乗り切るための反応かもしれません。

泣けないのは、悲しみが浅いからとは限りません。涙にしたら立っていられないため、心がまだ形を変えずに持っていることがあります。

写真を見て泣けなくてもよい。
名前を呼べなくてもよい。

悲しみ方に、家族共通の形式はありません。

いつか涙が出ても、出なくても、その子と暮らした事実は変わりません。

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