2026年8月07日
診察室で、その方は一枚の写真を見せてくれました。
入院中に撮られた写真でした。
あの子はケージの奥で横になっています。
前足には点滴の管がついています。
「この写真を見るたびに思うんです」
指で画面を少し拡大します。
「もう帰りたかったんじゃないかって」
そのまま、しばらく画面を見つめています。
「先生。私が諦められなかったせいで、この子を苦しませたんでしょうか」
ペットを亡くしたあと、治療をしなかったことではなく、治療を続けたことに苦しむ人がいます。
手術を受けさせた。
抗がん剤を続けた。
点滴に通った。
入院させた。
食べられないのに、薬を飲ませた。
治療を選んだときには、助けたかったはずです。
それなのに亡くなったあと、その記憶が、
「頑張らせすぎたのではないか」
という自責に変わることがあります。
治療を選んだとき、あなたにはまだ「その先」が見えていた
手術を決めた日。
抗がん剤を始めた日。
入院の同意書に署名した日。
そのときのあなたには、まだ治療の先が見えていました。
また食べられるようになるかもしれない。
もう一度、自分の足で歩けるかもしれない。
家へ帰れるかもしれない。
次の季節を一緒に迎えられるかもしれない。
結果を知っている今から振り返ると、その期待は間違いだったように思えることがあります。
「あの時点で、もうやめるべきだった」
「助からないと気づくべきだった」
「自分だけが現実を見ていなかった」
しかし、治療を選んだ日のあなたは、結末を知りませんでした。
知っていたのは、治療によって改善する可能性があること。
そして、何もしなければ悪化する可能性もあることです。
治療を続けたのは、別れを拒んだからだけではありません。まだ届くかもしれない明日を、簡単には捨てられなかったからです。
手術を受けさせたことが忘れられない
手術後の姿が、強く残ることがあります。
傷口。
剃られた毛。
力なく横たわる身体。
痛そうに立ち上がる姿。
面会から帰ろうとしたときの目。
「手術をしなければ、こんな思いをさせずに済んだ」
そう考えてしまうことがあります。
けれど、手術を選んだ時点では、別の未来もありました。
腫瘍を取り除けるかもしれない。
出血や痛みを減らせるかもしれない。
食べられるようになるかもしれない。
もう一度、家で暮らせるかもしれない。
手術の負担だけを望んだ人はいません。
その負担を越えた先に、あの子が少しでも楽に生きられる時間があると願ったから、手術を選んだのです。
結果として回復しなかったことと、手術を選んだ気持ちまで間違いだったことは、同じではありません。
抗がん剤を「頑張らせすぎた」のではないか
抗がん剤を続けた人は、亡くなったあと、副作用の記憶を何度もたどることがあります。
食べなかった日。
吐いてしまった夜。
通院後、疲れて眠っていた姿。
薬を嫌がった瞬間。
そして考えます。
「もう嫌だと言っていたのではないか」
「自分が一緒にいたいから続けただけではないか」
「あの子の時間を、治療の時間に変えてしまったのではないか」
動物の抗がん剤治療は、単に腫瘍を小さくするためだけに選ばれるものではありません。
病気の進行を抑える。
痛みや症状を軽くする。
食べられる時間を取り戻す。
生活の質を保つ。
そのような目的で提案されることもあります。
もちろん、思うような効果が得られないこともあります。副作用や通院が負担になることもあります。
しかし、亡くなったという結果だけを見て、治療中に得られたすべての時間まで「苦しませた時間」に変えてしまう必要はありません。
治療のあとに少し食べた日。
顔を上げてくれた朝。
一緒に家で眠れた夜。
その時間も、確かにありました。
点滴や注射を嫌がった姿が残っている
点滴や注射を続けたことを、後悔する人もいます。
診察台の上で震えていた。
針を刺されるときに鳴いた。
病院へ向かう道で落ち着かなかった。
帰宅すると、ぐったりしていた。
その場面だけが頭に残ると、
「治療ではなく、つらいことを繰り返しただけではないか」
と思ってしまいます。
けれど、点滴や処置には目的がありました。
脱水を和らげる。
吐き気を抑える。
痛みを減らす。
呼吸を楽にする。
食べられる状態へ近づける。
あの子は、治療の意味を言葉では理解できなかったかもしれません。
だからこそ、嫌がる姿を見ながら治療へ連れて行った人の心にも、傷が残ります。
ただ、嫌がったという事実と、その治療がすべて無意味だったということは同じではありません。
あなたは、怖がらせたかったのではありません。
少しでも身体を楽にして、また家へ連れて帰りたかったのです。
入院させたことを後悔している
入院中に亡くなった場合、後悔はさらに深くなることがあります。
「知らない場所で、ひとりにしてしまった」
「家へ帰りたかったはずだ」
「最期にそばにいられなかった」
「連れて帰ると決めていれば、抱いて見送れたのに」
病院で亡くなったという事実が、入院させた自分への責めに変わります。
しかし、入院を選んだ日には、入院させる理由がありました。
酸素が必要だった。
持続的な点滴が必要だった。
痛みや発作を管理する必要があった。
急変にすぐ対応できる場所が必要だった。
家に置いていくためではなく、助けてもらうために預けたのです。
帰宅したあなたも、平気で眠っていたわけではないでしょう。
電話が鳴るたびに身体が固まった。
何時なら面会できるか確認した。
家に戻っても、あの子のベッドを見ていた。
明日は迎えに行けるだろうかと考えていた。
病院にいた時間だけを見れば、離れていたかもしれません。
それでも、あなたの心まで、あの子から離れていたわけではありません。
「自分が別れを受け入れられなかっただけではないか」
治療を続けた人を最も苦しませるのは、この疑いかもしれません。
「本当は、もう十分だったのではないか」
「あの子は休みたかったのではないか」
「私が手放せなかっただけではないか」
治療を続けたいという思いの中に、「まだ一緒にいたい」という願いがあったことは否定しなくてよいと思います。
大切な存在に生きていてほしい。
それは、人間側の願いです。
けれど、人間側の願いが含まれていたからといって、すべてが身勝手な判断になるわけではありません。
あの子の痛みを減らしたかった。
呼吸を楽にしたかった。
もう一度食べてほしかった。
家へ帰ってきてほしかった。
そこには、自分のためだけではない願いもあったはずです。
治療の選択は、純粋な自己犠牲か、完全な身勝手か、そのどちらかに分けられるものではありません。
愛情、不安、希望、恐怖。
それらが全部混じったまま、人は決めています。
治療中の記憶だけが、最期を占領してしまう
亡くなったあと、治療中の場面ばかりが浮かぶことがあります。
診察台。
点滴の管。
薬の袋。
病院の待合室。
入院用のケージ。
けれど、あの子の時間は、治療だけでできていたわけではありません。
薬を飲ませたあと、身体を撫でた。
通院から帰って、いつもの場所で休ませた。
食べられそうなものを、何軒も探し回った。
夜中に何度も起きて、呼吸を確認した。
少し食べてくれただけで、家族で喜んだ。
治療をしていた時間の周りには、ずっと暮らしがありました。
ところが後悔は、注射や入院の場面だけを大きくし、その周りにあった時間を消してしまいます。
あなたが続けたのは、治療だけではありません。あの子を生かそうとする毎日の世話も、最後まで続けていました。
正しかったかどうかだけでは、看取りを語れない
あの手術は正しかったのか。
抗がん剤を続けるべきだったのか。
いつ点滴をやめるべきだったのか。
入院ではなく、家へ連れて帰るべきだったのか。
あとから医学的な経過を振り返ることはできます。
しかし、「別の選択なら必ず穏やかな最期になった」とまでは言えません。
手術をしなければ、病気による苦痛が進んだかもしれない。
抗がん剤をやめれば、症状が早く戻ったかもしれない。
点滴をしなければ、もっと早く弱ったかもしれない。
家へ連れて帰れば、急変に対応できなかったかもしれない。
もちろん、反対の可能性もあります。
だからこそ、ひとつの結果だけから、当時のすべての判断を有罪にすることはできません。
あの子の一生を、治療の場面だけにしないために
治療を続けたことへの後悔は、簡単には消えないかもしれません。
手術後の姿も、注射を嫌がった声も、入院中の写真も、忘れられないでしょう。
忘れなくてよいのです。
けれど、その場面だけで、あなたとあの子が過ごした年月のすべてを決めないでください。
あなたは、苦しませるために治療を選んだのではありません。
あの日のあなたに見えていたのは、まだ助けられるかもしれない未来でした。
もっと一緒にいたかった。
もう一度、元気になってほしかった。
できることが残っているなら、してあげたかった。
その願いが、結果として叶わなかった。
それは、治療を選んだ愛情まで偽物だったという意味ではありません。
あの子の一生は、最後の手術だけではありません。
最後の点滴だけでも、入院中の写真だけでもありません。
名前を呼んだ日々。
ごはんを用意した日々。
体調を気にかけた日々。
何とか生きてほしいと願った日々。
そのすべてが、あの子と暮らした時間です。
治療を続けたという一つの選択だけで、その時間全部を「苦しませた記憶」にしなくてよいのです。
保谷駅前こころのクリニック
