これが猫ハラ|キーボードに乗る猫を見ていると、人間関係まで少し違って見えてくる|保谷駅前こころのクリニック|西東京市「保谷駅」北口すぐの心療内科

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これが猫ハラ|キーボードに乗る猫を見ていると、人間関係まで少し違って見えてくる

これが猫ハラ|キーボードに乗る猫を見ていると、人間関係まで少し違って見えてくる|保谷駅前こころのクリニック|西東京市「保谷駅」北口すぐの心療内科

2026年7月10日

パソコンを開く。

さあ仕事をしようと思った、その瞬間です。

猫ちゃんが机に上がってくる。

ただし、いきなりキーボードに飛び乗るわけではありません。

まず、少し離れたところから、こちらの顔を見る。

次に、机に上がる。

画面の前を横切る。

それでも人間が手を止めないと、今まさに指を置いているキーボードの真ん中に座る。

机の端でもいい。

隣の椅子でもいい。

空いている場所なら、ほかにいくらでもあります。

それなのに、わざわざ仕事が止まる場所を選ぶ。

これが猫ハラです。

もちろん、猫ちゃんに嫌がらせをしているつもりはありません。

ただ、人間の注意を確実に引ける場所だけは、実によく分かっています。

猫は、突然邪魔をしているわけではない

そっと抱き上げて、床に降ろす。

すると、また机に上がってくる。

今度はキーボードの上に寝そべり、前足を伸ばす。

意味の分からない文字列が画面に並ぶ。。。。。

開いていたページが閉じる。

書きかけのコラムの文章が消えそうになる。

猫ちゃんは平然としています。

むしろ、

「ずっと呼んでいたのに、気づかなかったのはそちらでしょう」

という顔をしている。

よく観察すると、猫ちゃんは最初から強引だったわけではありません。

顔を見た。

近くに来た。

画面の前を横切った。

それでも人間が反応しなかったので、最後にキーボードへ乗った。

人間には突然の妨害に見えても、猫ちゃんにとっては、いくつかの小さな合図を送ったあとの最終手段なのかもしれません。

少し遊ぶと、驚くほどあっさり終わる

何度キーボードから降ろしても、また戻ってくる。

ところが、猫じゃらしを手に取り、少し遊ぶ。

数回追いかける。

一度跳ぶ。

前足で猫じゃらしを押さえる。

すると、さっきまでの粘りが嘘のように消えます。

猫ちゃんは少し離れた場所へ移動し、満足そうに丸くなる。

長時間遊びたかったわけではないのでしょう。

ほんの少し、自分のほうを見てほしかった。

自分が働きかけたときに、飼い主が反応してくれることを確かめたかった。

猫ちゃんが欲しかったのは、遊びそのものだけではなく、

「呼んだら、こちらを見てくれた」

という短いやり取りだったのかもしれません。

そう考えると、キーボードに乗る行動は、単なる妨害とは少し違って見えてきます。

猫ハラは、猫ちゃんが暮らしの中で身につけた、成功率の高い呼びかけです。

お腹を見せて、ぱたっと倒れる

猫ちゃんがこちらへ歩いてくる。

こちらの顔を見ながら数歩進み、目の前で、ぱたっと横に倒れる。

そして、お腹を見せる。

あまりにも無防備なので、つい手を伸ばしたくなります。

ところが、お腹に触れようとすると、前足で手を抱え込まれ、後ろ足で蹴られることがある。

安心していたのではなかったのか。

なでてほしかったのではなかったのか。

人間からすると、少し話が違うように感じます。

しかし、猫ちゃんにとっては、

「お腹を見せること」

と、

「お腹を触ってよいこと」

は、別なのでしょう。

猫ちゃんが伝えていたのは、

「あなたの前なら、無防備に倒れても大丈夫」

というところまでなのかもしれません。

見せたのだから触ってよい。

そこから先は、人間が勝手に意味を足しただけです。

猫ハラというより、人間側の読解ミスです。

猫は、人によって伝え方を変えている

猫ちゃんは、誰に対しても同じ行動をするわけではありません。

ある人には、ごはんを要求する。

ある人には、鳴いて遊びを求める。

ある人が座ると、隣に来る。

そして、ある人がパソコンを開くと、キーボードに乗る。

猫ちゃんは、一緒に暮らす人間をひとまとめには見ていません。

この人は、顔を見れば気づく。

この人には、鳴かなければ伝わらない。

この人には、キーボードに乗らなければ伝わらない。

相手の反応を見ながら、その人に通じる方法を使い分けています。

特定の人に、特定の行動をする。

そこには、その猫ちゃんと、その人の間にしかない小さな履歴があります。

猫ではなく、自分の見方を変えてみる

キーボードに乗る猫ちゃんを、

「仕事を邪魔する猫」

と見ることもできます。

けれど、その前後まで観察すると、

「何度か合図を送ったあと、ようやく飼い主を振り向かせた猫」

にも見えてきます。

起きていること自体は同じです。

猫ちゃんは、同じようにキーボードに乗っています。

変わったのは、猫ちゃんではありません。

人間側の認識です。

パソコンを始める前に、数分だけ遊ぶ。

近くに落ち着ける場所を用意する。

キーボードに乗る前の、小さな視線に気づく。

猫ちゃんを人間の思いどおりに変えようとするより、その猫ちゃんの伝え方を知ったほうが、暮らしはうまくいくことがあります。

猫ハラを完全になくすことはできないかもしれません。

それでも、

「また邪魔をされた」

と思う回数は減るかもしれない。

代わりに、

「今日は、ここまでしないと気づけなかったか」

と、少し笑えるようになるかもしれません。

猫ちゃんを理解することは、何でも許すことではありません。

困ることには対策をする。

触られたくない場所には手を出さない。

お互いの境界線を守る。

そのうえで、行動をすぐに「問題」と決めつけず、まず観察してみる。

人間側の見方を少し変えるだけで、猫ちゃんとの生活は、今より楽しくなるかもしれません。

言葉以外に表れているものを見る

院長は、獣医師として臨床に携わった経験を持ち、現在は精神保健指定医として人のこころを診ています。

獣医療では、患者である動物から、詳しい話を聞くことはできません。

どこが痛いのか。

何が不安なのか。

いつから様子が違うのか。

動物自身が言葉で説明してくれるわけではありません。

そのため、食べ方、歩き方、姿勢、視線、眠る場所、人との距離など、言葉以外に表れているものを見ます。

一つの動作だけで決めず、その前後も見ます。

いつ起きるのか。

誰といるときに起きるのか。

何をしたあとに落ち着くのか。

心療内科・精神科の診療でも、言葉は大切です。

けれど、人間は言葉を使えるからといって、自分の状態をすべて正確に説明できるわけではありません。

「大丈夫です」と言いながら、眠れなくなっている人がいる。

怒っているように見えて、実際には不安でいっぱいの人もいる。

何度も同じことを確認する。

用事がないのに話しかける。

忙しいときに限って、相手の注意を引こうとする。

本人にも、その理由をうまく言葉にできないことがあります。

動物と人は違います。

猫の行動を、そのまま人間の心理に置き換えることはできません。

それでも、見えている行動だけで相手を決めつけないこと。

言葉だけを聞いて、分かったつもりにならないこと。

その前後と、その相手との関係を見ること。

そこには、どこか共通するものがあります。

猫を理解すると、人間関係も少し違って見える

猫ちゃんがキーボードに乗る。

人間は仕事の手を止める。

困りながら、その顔を見る。

少し遊ぶ。

すると、猫ちゃんは満足して離れていく。

猫ちゃんを変えたわけではありません。

人間が猫ちゃんの合図に少し早く気づき、自分の受け取り方と行動を変えただけです。

すると、同じ猫ちゃんとの暮らしが、少し穏やかになる。

少し面白くなる。

猫ちゃんのことを書いていたはずなのに、ここまで考えてくると、人間関係もあまり変わらないのではないかと思えてきます。

相手をすぐに変えようとする前に、少し観察してみる。

その言動の前に、何があったのか。

なぜ自分に対して、その方法を使うのか。

そして、自分はそれを、どのような意味として受け取っているのか。

もちろん、相手に合わせて何でも我慢する必要はありません。

変えてはいけない境界線も距離感もあります。

それでも、自分の認識の中に、変えたほうがよい部分が見つかることはあります。

人はキーボードの上には乗りません。

けれど、ときどき、ずいぶん遠回りな方法で、

「少しだけ、こちらを見て」

と伝えているのかもしれません。

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