ホヤは動かなくなると、脳をつくり替える。では、保谷(ホウヤ)で暮らす私たちは?|保谷駅前こころのクリニック|西東京市「保谷駅」北口すぐの心療内科

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ホヤは動かなくなると、脳をつくり替える。では、保谷(ホウヤ)で暮らす私たちは?

ホヤは動かなくなると、脳をつくり替える。では、保谷(ホウヤ)で暮らす私たちは?|保谷駅前こころのクリニック|西東京市「保谷駅」北口すぐの心療内科

2026年7月25日

年齢は勝手に重なる。思慮は、考えた分だけしか深くならない

「ホヤ」と「保谷(ホウヤ)」。

文字にして並べると、ずいぶん音が似ています。

保谷駅前で診療をしているからでしょうか。海の生き物であるホヤの話を聞くと、つい耳が止まります。

食卓に並ぶホヤは、岩にくっついたまま、ほとんど動かない生き物に見えます。

ところが、ホヤは最初から動かないわけではありません。

幼生の頃は、オタマジャクシのような姿で海の中を泳ぎます。周囲の情報を受け取りながら、自分が固着する場所を探します。

やがて居場所を決めると、岩などに付着し、体を大きくつくり替えます。その過程で、泳ぐために使っていた尾や脊索を失い、幼生期の神経系も大きく再編されます。

「ホヤは動かなくなると、自分の脳を食べてしまう」

そんな刺激的な言い方をされることもあります。

実際には、脳を丸ごと食べてなくすわけではありません。幼生期のニューロンの多くが失われる一方、残された細胞から成体の神経系が再構築されます。成体にも脳神経節があります。

それでも、泳ぎ、感じ、行き先を選ぶ生活から、一つの場所に固着する生活へ移ると、神経系のあり方まで変わる。

なかなか考えさせられる話です。

ホヤは固着する。人間は考える

フランスの思想家パスカルは、『パンセ』の中で、人間を「考える葦」と表現しました。

人間は、自然の中では葦のように弱い存在です。それでも、自分の弱さや限界、自分が置かれている状況について考えることができる。その「考える力」に、人間の尊厳があるという言葉です。

人間が尊いのは、いつも正しいからではありません。

自分が間違っているかもしれない、と考えられるからです。

もちろん、人間が動かなくなったり、考えることをやめたりすると、ホヤと同じように脳が変化するという話ではありません。

人間の脳とホヤの変態を、医学的に直接結びつけることはできません。

それでも、私はときどき思います。

年齢を重ねることと、考え方が成熟することは、まったく別のことではないか、と。

年齢は、何もしなくても一つずつ増えていきます。

しかし、考え方の成熟は、年齢と一緒に自動的についてくるものではありません。

若くても、相手の立場を想像できる人がいます。

一方で、十分に年齢を重ねていても、自分の要求が通らないと声を荒らげたり、自分が不快になったという理由だけで、相手を責め続けたりする人もいます。

「自分は困っているのだから」

「自分は客なのだから」

「自分の方が年上なのだから」

「思いどおりにしてくれない相手が悪い」

そこで、考えが止まってしまいます。

その先にいる相手にも、仕事があり、予定があり、守らなければならない人がいることまでは想像しない。

いい年齢になれば、誰でも自然に思慮深くなるわけではありません。

年齢は勝手に重なります。

しかし、思慮は、考えた分だけしか深くなりません。

診察室の扉の外にも、人がいる

外来では、予定の診察時間を過ぎても、なかなか診察室を出ようとしない方がいます。

診療とは直接関係の薄い質問を重ねたり、数日経過しなければ医師でも判断できないことについて、その場で答えを求め続けたりすることがあります。

医師が「本日の診察はここまでです」と伝えると、

「では、もう一つだけ」

と、別の話が始まる。

席を立たないまま、先ほどと同じ話へ戻ることもあります。

その方にとって、聞きたい内容が切実であることは分かります。

苦しいときほど、一日では解決しない問題でも、今日のうちに全部話したい。すべてを話し切り、安心してから帰りたい。そう思うこと自体は、不自然ではありません。

ただ、診察室の扉の外には、次の予約の方が待っています。

予約時刻に合わせて、仕事を抜けてきた方がいるかもしれません。

子どもを預けてきた方がいるかもしれません。

不安を抱えながら、待合室で静かに順番を待っている方もいます。待ち時間が長くなることで、不安や体調不良が強くなる方もいます。

一人の診察が予定の倍に延びれば、その後に待つすべての方の診察がその分遅れます。

受付の業務、近隣薬局の受付時間、予約患者さんが帰宅できる時刻にまで影響が及びます。

診察室の中にいると、待合室で待っている人は見えません。

見えないものは、つい存在しないものとして扱ってしまいます。

けれども、見えないところにいる人の時間を想像することも、「考える」という行為の一つです。

自分が苦しいことと、自分だけが診療の場の時間を使い切ってよいこととは、同じではありません。

医療機関が診察時間を区切るのは、目の前の方を軽く扱っているからではありません。

次に待っている方の時間と診療の安全を守るためでもあります。

話し切れなかったことは、次回伝える内容として整理する。

医師から終了を告げられたら、その日は一度区切りをつける。

それも、診療を一緒につくっていくために必要な行動です。

考えるとは、自分の気持ちを深く掘り下げることだけではありません。

いま自分には見えていない人の事情を、想像することでもあります。

苦しさは、他者の時間を無制限に使う許可証ではない

相手のことを考えられないように見える状態が、必ずしもその人の性格だけによるとは限りません。

強い不安や抑うつ、睡眠不足、興奮、認知機能の低下などによって、視野が狭くなることがあります。頭の中が一つの心配に占領され、話を切り替えられなくなる人もいます。

その場合、「もっと周囲のことを考えなさい」と叱るだけでは解決しません。背景にある状態を評価し、必要な治療や支援を検討する必要があります。

しかし、ここには明確な境界があります。

苦しい事情があることと、周囲への影響がなくなることは同じではありません。

事情は理解する。

必要な治療は検討する。

そのうえで、守るべき時間と診療上の境界は守る。

医療の現場では、そのすべてが必要です。

苦しさは、他者の時間を無制限に使う許可証ではありません。

一日を24時間より長くすることはできません。

限られた時間の中で診療する以上、一人の希望だけを際限なく優先することより、待っている方を含めて診療全体を安全に進めることを優先しなければならない局面があります。

それは冷たさではありません。

外来診療を続け、予約時刻を守って来院した方を守るための管理責任です。

当院が診療の境界を大切にする理由

当院は、医師と患者さんだけで診療が成り立っているとは考えていません。

待合室で順番を待つ方、受付スタッフ、薬局の方など、多くの人の時間と協力によって、一日の外来が動いています。

診察時間には限りがあります。

WEB問診で事前に情報を確認し、診察で必要な状態を確認したうえで、治療方針を考え、次回までの見通しを共有する。それが当院の診療です。

一度の診察ですべての問題を解決することや、納得できるまで時間を延長することを前提とした診療は行っていません。

医師が診察の終了をお伝えした後も話を続ける、席を立たない、同じ要求を繰り返すといった行為は、次に待つ方の診療時間を奪うことになります。

また、スタッフやほかの患者さんへの威圧的な言動、予約時間や院内の決まりを繰り返し守らない行為も、当院での安定した診療継続を難しくします。

病気であることは、その人の価値を下げるものではありません。

一方で、病気であることによって、他者への敬意が不要になるわけでもありません。

当院では、医師からの終了の案内や診療上の境界を受け入れられない場合、またはスタッフやほかの患者さんの安全と時間を尊重できない行為が繰り返される場合には、当院での診療継続が難しいと判断することがあります。

これは、当院の診療体制を理解し、時間を守って通院している方々の診療の安全を守るためです。

当院が大切にしているのは、要求の強さではありません。

自分と同じように、ほかの人にも事情と時間があると考えられることです。

「自分は間違っていない」に固着していないか

ホヤは、岩に固着して生きていきます。

人間にも、ときどき固着が起こり得ます。

ただし、人間が固着するのは岩ではありません。

「自分は悪くない」

「あの人がおかしい」

「自分の考えは変えない」

そんな一つの見方に、心が貼りついてしまいます。

いったん貼りつくと、自分に都合のよい情報だけを集め、違う説明を遠ざけるようになります。

周囲が何を説明しても、その言葉を受け取らなくなります。

自分の行動によって誰かが困っていても、

「自分が納得するようにしない相手が悪い」

という説明で終わってしまいます。

こうなると、言葉の数を増やしても、話は同じ場所をぐるぐる回り続けます。

考えるとは、自分の正しさを証明することではありません。

「本当に相手だけが悪いのだろうか」

「自分の言い方は、相手からどう見えただろう」

「この行動を取った後、何が残るだろう」

「自分には見えていない事情がないだろうか」

そうやって、自分の最初の反応をいったん止めることです。

そして、自分が間違っていたと少しでも気づいたら、静かに修正することです。

居場所を決めた後も、人は変われる

考えを変えることは、負けではありません。

謝ることも、自分の価値を下げる行為ではありません。

昨日までの考え方ではうまくいかないと気づき、今日から少し変える。

その小さな修正を重ねられることが、人としての成熟なのだと思います。

何歳になっても、新しい考えに触れる。

自分とは違う意見を、すぐに敵意と決めつけない。

感情が動いたとき、言葉や行動へ変える前に少し間を置く。

扉の向こうにいる、まだ見えていない人のことを一度だけ想像する。

人間はホヤではありません。

一つの居場所に落ち着き、自分なりの経験や立場を得た後も、考えを動かすことができます。

「私はいま、現実を見ているだろうか。それとも、自分の正しさに貼りついているだけだろうか」

ホヤは、居場所を決めると、その生活に合わせて体をつくり替えます。

ホウヤの私たちは、居場所を決めた後も、考え方をつくり替えることができます。

パスカルのいう「考える葦」であり続けるとは、難しい知識や技能を持つことではありません。

自分の認識の外にも、他者の世界が続いていると想像できることです。

考えが止まらず、眠れなくなっている方へ

考えないことが問題になる一方で、考えが止まらなくなり、苦しくなることもあります。

職場や家庭で起きたことを何度も思い返す。

相手の言葉が頭から離れない。

布団に入ると、反省や心配が始まり、眠れない。

このような状態では、「もっと考えればよい」という話ではありません。

不安や抑うつ、睡眠不足によって、考えを柔軟に切り替えることが難しくなっている可能性があります。

保谷駅前こころのクリニックでは、不眠、不安、気分の落ち込みなどについて、仕事や生活を続けながら取り組める現実的な治療を検討します。

当院は完全予約制です。

ご記入いただいたWEB問診をもとに、医師が内容を確認し、当院でお力になれると判断した場合に、WEB予約をご案内します。

WEB問診を書けば、必ず予約できるという仕組みではありません。

予約枠が限られている小規模クリニックのため、診療体制上、すべてのご相談をお引き受けできるわけではありません。

当院は、診察時間や院内の決まりを守り、スタッフやほかの患者さんに敬意をもって通院できる方を対象としています。

一度の診察で時間を延長して話を聞くことや、納得できるまで説明を続けることを希望される場合には、当院の診療体制とは合わない可能性があります。

保谷駅前こころのクリニックは、保谷駅北口の階段を降りた目の前、いなげや保谷駅前店2階にあります。

当院の診療方針をご理解いただいたうえで、仕事を続けながら、不眠、不安、気分の落ち込みについて相談したい方は、まず現在の状態をWEB問診からお知らせください。

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