2026年6月07日
猫の腎不全で見送ったあと、記憶が何度もよみがえることがあります
猫の腎不全であの子を見送ったあと、看病中の場面や最期の様子が何度も思い出されることがあります。
「もっと早く気づけなかったのか」
「点滴を続けた方がよかったのか」
「治療を続けすぎたのではないか」
「最期に苦しくなかったのか」
猫の慢性腎不全、慢性腎臓病は、病気の経過が長くなりやすく、飼い主さんが判断を重ねる場面も多い病気です。
病気の進行、検査値の変化、食欲の低下、点滴、通院、治療を続けるかどうかの判断。
その一つひとつが、看取りのあとに記憶としてよみがえることがあります。
そこには、悲しみだけでなく、判断の記憶や迷いが重なっていることがあります。
あの子の体に何が起きていたのか。
自分の判断はどうだったのか。
もっとできることはなかったのか。
そうした問いが、あとから何度も浮かんでくることがあります。
「もっと早く気づけなかったのか」という後悔
猫の腎不全で残りやすい後悔の一つに、
「もっと早く気づけなかったのか」
という思いがあります。
猫は、体調の変化が外から見えにくいことがあります。
水を飲む量が増えた。
尿の量が増えた。
食欲が少し落ちた。
体重が減ってきた。
寝ている時間が増えた。
こうした変化があっても、最初は年齢のせいに見えることがあります。
あとから腎不全とわかると、
「あのときの変化に気づいていれば」
「もっと早く病院に連れて行っていれば」
「検査を受けさせていれば」
と考え続けてしまうことがあります。
ただ、慢性腎不全は、初期には目立つ症状が出にくいこともあります。
飼い主さんが見落としたというより、病気そのものが気づきにくい形で進むことがあるのです。
それでも、亡くなったあとには、その理屈だけでは気持ちが追いつかないことがあります。
治療を続けたこと、控えたことのどちらにも後悔が残ることがあります
猫の腎不全では、治療を続けるかどうかの判断が、飼い主さんの心に残ることがあります。
点滴を続けるべきだったのか。
通院を減らしてよかったのか。
入院させた方がよかったのか。
家で過ごさせた方がよかったのか。
食べないときに、どこまで食べさせようとすればよかったのか。
猫の腎不全が進行し、ステージ4と説明されたあとに、点滴や食事、通院をどう続けるかで迷う方もいます。
治療を続けた方は、
「つらい治療を続けさせてしまったのではないか」
と感じることがあります。
一方で、治療を控えた方は、
「まだできることがあったのではないか」
と感じることがあります。
どちらを選んでも後悔が残るのは、飼い主さんの選択が間違っていたからとは限りません。
腎不全の終末期では、治療による負担と、治療を控えることによる不安が同時に存在することがあります。
その難しい判断を何度も引き受けてきたからこそ、看取りのあとに記憶が残りやすいのです。
猫の腎不全では「最期の姿」が心に残ることがあります
猫の腎不全では、最期の時期に、食べられなくなる、体重が落ちる、動きが少なくなる、吐き気が出る、ぐったりするなどの変化が見られることがあります。
その姿が、飼い主さんの記憶に強く残ることがあります。
「最後に苦しそうだった」
「もっと楽にしてあげられなかったのか」
「最期の顔が忘れられない」
「あの子は自分を責めていないだろうか」
こうした思いが、何度も浮かんでくることがあります。
看取りの記憶は、時間がたてば必ず薄れるものとは限りません。
夜、布団に入ったとき。
家の中で、あの子がいた場所を見たとき。
使っていた食器や毛布を見たとき。
同じ病気の猫の話を見聞きしたとき。
ふとしたきっかけで、悲しみや後悔が戻ってくることがあります。
後悔は、判断を重ねてきた記憶として残ることがあります
猫の看取りのあとに後悔が残ると、
「自分の判断は十分だったのだろうか」
と感じてしまう方がいます。
けれど、後悔は、単に過去を責めているだけではなく、看病中に重ねてきた判断の記憶として残ることがあります。
もっとできたことはなかったか。
苦しくなかったか。
寂しくなかったか。
自分の判断でよかったのか。
こうした問いは、あの子の病気と長く向き合ってきたからこそ出てくるものです。
特に猫の腎不全では、日々の小さな判断が積み重なります。
食べてくれるものを探す。
薬を飲ませる。
点滴に連れて行く。
通院の負担を考える。
家で過ごす時間を大切にする。
最期の過ごし方を考える。
その一つひとつが、あとから「本当にこれでよかったのか」という形で思い出されることがあります。
獣医師であり、医師・精神保健指定医でもある立場から
当院の院長は、獣医師として動物医療に関わり、その後、医師・精神保健指定医として人のこころの診療に携わってきました。
猫の腎不全の看取りでは、病気の経過そのものと、飼い主さんの心身に残る記憶の両方を見ていく必要があると考えています。
猫の腎不全の看取りには、動物医療の視点が深く関わります。
病気の進行。
検査値の変化。
食事療法。
点滴。
通院。
治療を続けるかどうかの判断。
最期の過ごし方。
こうした経過を抜きにして、悲しみだけを切り取って整理しようとしても、飼い主さんの中に残っている後悔や迷いは十分に言葉にならないことがあります。
一方で、猫の病気だけを振り返っても、飼い主さん自身に起きている不眠、不安、気分の落ち込み、生活への影響が見えにくいこともあります。
猫の病気を理解する視点と、飼い主さん自身の心身を確認する視点。
その両方が必要になる場面があります。
猫の病気と、飼い主さん自身のこと
なお、保谷駅前こころのクリニックは動物病院ではありません。
そのため、猫の診察、検査、投薬、治療方針の決定は行っていません。
現在治療中の猫については、かかりつけの動物病院でご相談ください。
一方で、猫の腎不全の看病や看取りのあとに続く、飼い主さん自身の眠れなさ、不安、後悔、気分の落ち込み、仕事や生活への影響については、ご本人の心身の状態として確認することがあります。
あの子の病気の記憶が、眠れなさや後悔として残ることがあります。
それは、あの子を忘れたいという話ではありません。
あの子のことを大切に思いながら、ご本人自身の心身に起きている変化にも目を向ける時期がくることもあります。
猫の腎不全の看取りを経験した方へ
猫の腎不全は、猫の体に長く影響する病気であり、飼い主さんの記憶にも深く残りやすい病気です。
治療を続けたこと。
治療を控えたこと。
通院したこと。
家で見守ったこと。
食べてくれた日。
食べられなかった日。
最期の表情。
最期にかけた言葉。
その一つひとつが、あとから何度も思い出されることがあります。
猫の腎不全の看取りでは、病気の経過を理解することと、飼い主さん自身に残っている記憶を理解することの両方が大切になる場面があります。
猫のことを知ることと、人のこころを診ること。
その両方の視点を大切にしています。
保谷駅前こころのクリニック
