第50話 老犬・老猫の介護に疲れて、優しくできなかった夜へ――亡くなる前から始まる罪悪感【東京・保谷】|保谷駅前こころのクリニック|西東京市「保谷駅」北口すぐの心療内科

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第50話 老犬・老猫の介護に疲れて、優しくできなかった夜へ――亡くなる前から始まる罪悪感【東京・保谷】

第50話 老犬・老猫の介護に疲れて、優しくできなかった夜へ――亡くなる前から始まる罪悪感【東京・保谷】|保谷駅前こころのクリニック|西東京市「保谷駅」北口すぐの心療内科

2025年12月06日

夜中に、また鳴き声がする。

時計を見る。
午前三時四十分。

起き上がり、水を確認する。
体の向きを変える。
汚れたシートを交換する。

それでも鳴き止まない。

思わず、

「もう、いい加減にして」

と言ってしまう。

その瞬間、こちらを見る目と合います。

朝になっても、その言葉が離れない。

大切なのに、疲れている。
そばにいたいのに、一人になりたい。

介護の中では、反対の気持ちが同時に生まれることがあります。

愛情があっても、介護には限界がある

眠れない。
外出できない。
仕事中も急変が気になる。
食事や排泄に一日が左右される。

介護は、愛情だけで疲れなくなるものではありません。

疲労が重なると、声が強くなる。
触れ方が雑になる。
鳴き声に腹が立つ。

その反応に気づき、

「こんな自分に飼われて、この子は不幸だ」

と考えてしまう方がいます。

しかし、疲れた一場面だけで、何年もの世話を否定する必要はありません。

優しくできなかった夜は、愛していなかった夜ではありません。愛情だけでは支えきれないほど、疲れていた夜です。

「早く終わってほしい」と思った自分

苦しそうな姿が続くと、

「もう楽になってほしい」
「この介護が終わってほしい」

と思うことがあります。

亡くなったあと、その言葉だけが残り、

「自分が死を願ったからではないか」

と自分を責めることがあります。

けれど、「苦しみが終わってほしい」と「命がなくなってほしい」は同じではありません。

介護する自分が休みたかった気持ちもあったでしょう。

それを認めることは、愛情の否定ではありません。

人には限界があります。

最後の一言より、繰り返した日々を見る

亡くなる前に強く言ってしまった。
そのあと謝れなかった。

その一場面が、何年もの記憶を覆うことがあります。

しかし、その子が知っていたあなたは、最後に苛立ったあなた一人ではありません。

毎日ごはんを用意した。
汚れを片づけた。
何度も病院へ行った。
眠い夜にも起きた。

そのすべてを、その子は生活として受け取っていました。

完璧に優しい介護など、ほとんどありません。

疲れ、迷い、時には苛立ちながら、それでも翌朝また世話をする。

介護とは、その繰り返しです。

最後に残った罪悪感だけで、最後まで続けた愛情を消さないでください。

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