2026年8月08日
診察室で、私が最初によく尋ねることがあります。
「最近はいかがですか。」
患者さんは少し笑って、
「大丈夫です。」
と答えます。
ここで診察が終わることはありません。
むしろ、ここからが始まります。
患者さんには見えません。
でも、この瞬間、私の頭の中では静かな実況中継が始まっています。
「今日は声が少し小さい。」
「目が合う時間が短い。」
「椅子に座るまで、少し時間がかかった。」
「歩く速さは前回より戻ってきたかな。」
「服装は整っている。」
「今日は笑顔が少し自然だ。」
こうした小さな変化を、ほんの数秒で頭の中につなぎ合わせています。
精神科医は、
患者さんの言葉を疑っているわけではありません。
でも、
言葉だけで判断することもしません。
「大丈夫です。」
という言葉にも、
いろいろな「大丈夫」があります。
穏やかな表情で話される「大丈夫」。
自分に言い聞かせるような「大丈夫」。
家族に心配をかけたくない「大丈夫」。
職場を休めないから口にする「大丈夫」。
同じ「大丈夫です。」という言葉でも、込められている気持ちは大きく違うことがあります。
診察室では、
こんな場面も少なくありません。
「まだ休めません。」
「でも、大丈夫です。」
私は、その言葉だけで結論を出すことはありません。
表情はどうだろう。
声の張りはどうだろう。
話す速さは。
呼吸は浅くなっていないだろうか。
眠れているのだろうか。
食事は取れているのだろうか。
前回と比べて、何が変わったのだろう。
頭の中では、一つひとつの情報を静かにつなぎ合わせています。
一方で、
「先生、少し危ないかもしれません。」
「以前より無理をしている気がします。」
そう話してくださる方もいます。
自分の変化に気づき、
言葉にできることは、とても大切な力です。
だからといって、その方が必ず重症というわけではありません。
「大丈夫です。」と言う方が、必ず無理をしているとも限りません。
精神科・心療内科では、
一つの言葉だけで、その人を判断することはありません。
私は、
患者さんの言葉を聞きながら、
その言葉の向こう側を見ようとしています。
「大丈夫。」
その一言の裏には、
誰かを安心させたい気持ちがあるのかもしれません。
迷惑をかけたくないという思いがあるのかもしれません。
弱音を吐いてはいけないと、自分に言い聞かせているのかもしれません。
その答えは、一回の診察だけでは分からないこともあります。
だから私は、
前回との違いを見ます。
一週間前との違いを見ます。
表情の変化を見ます。
声の調子を聞きます。
沈黙にも耳を傾けます。
診察が終わります。
「ありがとうございました。」
患者さんは立ち上がり、診察室を出ていきます。
でも、
私の診察は、ドアが閉まった瞬間に終わるわけではありません。
診察室へ入ってきたときより、
肩の力は少し抜けただろうか。
歩く速さは少し軽くなっただろうか。
最後に見せてくださった表情はどうだっただろうか。
自然と目に入る範囲で、そんなことも見ています。
受付でスタッフと話しながら、
少しほっとした表情になっている。
さっきより声が柔らかくなっている。
そんな変化が見えると、
私も少し安心します。
診察室で、
私が診ているのは、
病気だけではありません。
言葉だけでもありません。
その人の一週間です。
今日の「大丈夫」は、
先週の「大丈夫」と同じでしょうか。
一か月前の「大丈夫」と同じでしょうか。
私は、
その違いを探しています。
精神科医は、
言葉を診ているのではありません。
その言葉を話している、その人を診ています。
そして、
その人が来週、
少しでも自分らしく歩けるように考えています。
保谷駅前こころのクリニックでは、
患者さんの言葉だけではなく、
表情も、
声も、
歩き方も、
沈黙も、
前回との変化も、
一緒に見つめながら診療しています。
答えを急いで決めることはしません。
一緒に考え、
一緒に整理し、
あなた自身が、自分の答えを見つけられるように歩幅を合わせていきます。
歩くのは、あなた。
並走するのは、私たち。
それが、保谷駅前こころのクリニックの考える精神医療です。
