2026年7月31日
診察室でお会いするのは5分です。
でも、私が診ようとしているのは、その5分だけではありません。
診察室のドアが軽くノックされます。
「どうぞ。」
ドアが開き、一人の患者さんが入ってこられます。
「こんにちは。」
私は、その瞬間から診察を始めています。
カルテより先に見るものがあります。
歩く速さ。
ドアを閉める手の動き。
椅子に座る姿勢。
挨拶の声。
目線。
表情。
そして、顔色。
精神科では、この最初の数秒がとても大切です。
もちろん、これだけで病状を判断することはありません。
睡眠や食欲、不安の程度、仕事や家庭での様子、薬の効果や副作用など、多くの情報を丁寧に重ね合わせながら診察しています。
それでも、この数秒には、カルテには書ききれない情報が詰まっています。
ある患者さんが、一週間ぶりに診察室へ入ってこられました。
ドアが開いた瞬間、私は思いました。
「今日は少し違う。」
先週は、肩に力が入り、目線は床を向いていました。
今日は自然に目が合います。
「こんにちは。」
その声にも、少しだけ力があります。
頬の色も、ほんの少し明るく見えました。
診察は、まだ始まっていません。
それでも、
「少し楽になってきているのかもしれない。」
そう感じました。
診察が始まると、患者さんは言われました。
「先生、何も変わっていません。」
私は、その言葉を否定しません。
今日も私は、「薬が効いたか。」だけを考えているわけではありません。
「この一週間を、どんな思いで過ごされたのだろう。」
「眠れない夜は何日あったのだろう。」
「朝、仕事へ向かう足取りは重くなかっただろうか。」
「食事をおいしいと思えた日はあっただろうか。」
「笑えた瞬間は、一度でもあっただろうか。」
患者さんが話してくださる言葉と、目の前にある小さな変化を重ね合わせながら、その一週間を思い描いています。
だからこそ、
「先週とは違います。」
そう感じる小さな変化を、大切にしています。
診察室で実際にお会いするのは、5分です。
でも、その外側には、私には直接見ることのできない6日と23時間55分があります。
その時間を、患者さんはどのように過ごしてこられたのでしょう。
眠れた夜はあっただろうか。
朝は起きられただろうか。
仕事や学校へ向かえただろうか。
誰にも言えないまま、一人で耐えた時間はなかっただろうか。
私は、その見えない時間を想像しながら、目の前の5分を診ています。
だから、声の小さな変化にも気づきます。
目線の変化にも気づきます。
そして、先週より少し良くなった顔色にも気づきます。
顔色だけを見ているのではありません。
その顔色の向こう側にある、一週間を見ようとしているのです。
精神科の回復は、とても静かです。
ある朝突然、「治りました」と実感できることは、多くありません。
眠れた夜が一日増える。
朝、少しだけ起きやすくなる。
「今日は行ってみよう」と会社へ向かえた朝がある。
家族と「おはよう」と自然に言えた日がある。
夕食の味を、少しだけおいしいと感じられた日がある。
そんな小さな出来事が積み重なって、ある日、表情となり、声となり、顔色となって現れます。
だから私は、「先週より、顔色が良くなりましたね。」という一言を、大切にしています。
それは顔色を見ているのではありません。
患者さんが歩んできた一週間に、静かに目を向けているということなのです。
私たちが向き合っているのは、病名だけではありません。
一人ひとりの生活です。
眠れた夜。
朝、起き上がることができた日。
仕事へ向かえた朝。
家族と交わせた「おはよう」。
笑えた夕方。
患者さんの一週間は、こうした小さな出来事の積み重ねでできています。
診察室でお会いする5分は、その一週間の続きを一緒に確かめる時間です。
その時間を少しでも理解し、次の一週間が今より少し穏やかなものになるように考えること。
それが、私たち精神科医の役割だと思っています。
来週、診察室のドアが開いたときも、
私はきっと最初に顔をチラッと見ます。
そして、小さな回復を探します。
それが、精神科医という仕事だからです。
保谷駅前こころのクリニック
