2026年8月23日
「仕事へ行く朝、いちばんつらいのは、どの時間ですか。」
診察室で、そう尋ねることがあります。
患者さんは、少し視線を落とします。
膝の上で組んだ指先が動く。
すぐには答えが返ってきません。
数秒、診察室に静かな時間が流れます。
そして、小さな声で、
「すみません。うまく話せなくて。」
と言われることがあります。
私は、
「うまくまとめなくても大丈夫ですよ。」
とお答えします。
患者さんには、会話が止まっているように感じられるかもしれません。
でも、その数秒のあいだにも、私の頭の中では静かな実況中継が続いています。
質問が広すぎただろうか。
何から話したらよいのか、順番を探しているのだろうか。
思い出そうとすると苦しくなるのだろうか。
疲れていて、考えを言葉にまとめにくいのだろうか。
それとも、このことを私に話してよいのか迷っているのだろうか。
視線はまだ下を向いている。
呼吸は少し浅い。
肩にも少し力が入っている。
私は、そうした小さな変化を見ながら、次にどんな質問なら答えやすいかを考えています。
精神科医は、患者さんが話した内容だけを診ているわけではありません。
表情。
視線。
声の大きさ。
話す速さ。
呼吸。
姿勢。
指先の動き。
そして、言葉と言葉の間にある沈黙。
そうした情報を、WEB問診の内容や前回の診察、その人の普段の様子と照らし合わせながら考えています。
ただし、
沈黙したから、
「きっとこう思っている。」
と決めつけるわけではありません。
沈黙を診るということは、沈黙の意味を勝手に読み当てることではないからです。
いくつかの可能性を頭の中に置きながら、次の問いを探します。
先ほどの患者さんに、私は質問の範囲を少し狭めてみます。
「朝、目が覚めた瞬間がつらいですか。」
「それとも、家を出る直前でしょうか。」
すると、
「家を出ようとすると、体が動かなくなります。」
と言葉が返ってきました。
最初の質問には答えられなくても、問いを小さくすると言葉になることがあります。
何も考えていなかったわけではありません。
むしろ、頭の中にあるものが多すぎて、どこから言葉にすればよいのか分からなかったのかもしれません。
沈黙には、いろいろな理由があります。
言葉を探している。
気持ちを整理している。
話すかどうか迷っている。
質問の意味を考えている。
あるいは、疲労や抑うつによって、考えをまとめるのに少し時間が必要になっている。
もちろん、単純に数秒考えているだけのこともあります。
だから、
沈黙があるから重い状態だとも、
たくさん話せるから余裕があるとも、
単純には判断しません。
一つの言葉や、一つの反応だけで、その人を決めない。
精神科・心療内科では、それが大切だと考えています。
患者さんは、沈黙が続くと不安になることがあります。
「早く答えなければ。」
「うまく説明しなければ。」
でも、最初から話をきれいに整理する必要はありません。
言葉にしにくいときには、
「うまく言葉にできません。」
「何から話せばよいか分かりません。」
「その話は少し話しにくいです。」
それだけでも、診察には大切な情報です。
そう伝えていただければ、
質問を区切ったり、
WEB問診に書いていただいた内容から確認したり、
選択肢を示したりしながら、
限られた診療時間の中で現在の状態を整理していくことができます。
沈黙を大切にすることと、ただ時間を流すことは違います。
沈黙を空白として扱うのではなく、次に何を確認するべきかを考える材料にします。
診察室では、ある話題に触れた瞬間、言葉が止まることがあります。
先ほどまで続いていた会話が止まる。
視線が変わる。
声が小さくなる。
姿勢が少し変わる。
そんなとき、私は質問を続ける前に考えます。
今、この話題をもう少し確認した方がよいだろうか。
別の聞き方に変えた方がよいだろうか。
今日はここまでにした方がよいだろうか。
精神科医が見ているのは、
沈黙の中に隠された「正解」ではありません。
その人が、言葉を探している過程です。
何を話したか。
それだけではありません。
どの質問で立ち止まったのか。
どの話題で声の調子が変わったのか。
前回より言葉が出やすくなっているのか。
今日の沈黙は、先週の沈黙と同じなのか。
私は、そうした違いも見ています。
このコラムを読んでいるあなたは、どうでしょうか。
誰かと話していて、
聞かれたことには答えたいのに、急に言葉が出なくなることはなかったでしょうか。
話したいことはあるのに、何から話せばよいか分からなくなってしまったことはないでしょうか。
「大丈夫です。」
と答えたあと、
本当はもう少し言いたかったことがあったと気づく。
そんなことはないでしょうか。
言葉にならないからといって、気持ちがないわけではありません。
沈黙しているからといって、何も起きていないわけでもありません。
もしかすると、
その沈黙は、
心が次の言葉を探している時間なのかもしれません。
診察が終わります。
患者さんが立ち上がります。
私は、診察室へ入ってきたときと、出ていくときの様子も自然に見ています。
肩の力は少し抜けただろうか。
歩く速さはどうだろう。
最後の表情はどうだっただろう。
そして、受付でスタッフと話している声が自然に耳に入ることもあります。
診察室では緊張していた方が、
受付では少しほっとした声で話している。
さっきより声がやわらかい。
表情も少しほどけている。
そんな様子が見えると、
私も少し安心します。
診察室の中だけでは分からなかった、その人らしさが戻っているように見えることがあるからです。
診察室で私が診ているのは、
病気だけではありません。
言葉だけでもありません。
表情だけでもありません。
その人が歩いてきた一週間です。
今日の沈黙は、
先週の沈黙と同じでしょうか。
一か月前と同じでしょうか。
私は、その違いを探しています。
精神科医は、
話している時間だけを診ているのではありません。
話していない時間にも、
その人らしさや、その日の状態がにじむことがあります。
だから、
診察室で言葉が見つからなかったとしても、
その時間をなかったことにはしません。
限られた診療時間の中で、
言葉になったことも、
言葉にならなかったことも手がかりにして、
次の一歩を考えていきます。
だから精神科医は、言葉だけではなく、沈黙も診ています。
保谷駅前こころのクリニック
眠れない。不安が続く。仕事へ向かうことがつらい。自分の状態をうまく言葉にできない。
そのようなとき、最初から話をきれいにまとめる必要はありません。
当院では、事前のWEB問診で現在の状況を確認したうえで、診療体制に適した方をご案内しています。
診療枠には数に限りがあるため、すべてのご相談をお受けできるわけではありませんが、当院の診療体制に合う方には、問診内容と診察室での言葉、表情、声、沈黙、前回からの変化などを総合して、医学的な視点から現在の状態を考えていきます。
答えを急いで決めるのではなく、
現在地を確認し、
次の一歩を一緒に考える。
歩くのは、あなた。
並走するのは、私たち。
それが、保谷駅前こころのクリニックの考える精神医療です。
